知的満足度

現在のように、生活にはある程度のゆとりができてくると、やはり知的なものをいかに満足させていくかっていうのが、個人にとって一番大きな問題になるでしょう。
たとえば、宗教というのは心の問題です。心の問題というのはゆとりの上にしかないわけです。
インドに行ったときのことです。私がタクシーに乗っていたら、前を走っていたバスが急に止まったんです。あたりは農村地帯です。ハッと見たら、周りで働いていた人たちがみんなかごを放り出して駆け出してきた。
子どもがバスに跳ね飛ばされたんですね。

それで私が降りようとしたら、運転手が「降りるな」という。「なぜだ」といったら「こういうときは外国人のせいにされるから降りるな」というんです。けれども私は降りていった。
ひかれた子どもは打ち所が悪かったのか、私が駆けつけたときにはもう息が絶えていました。そうしたら、そこへ集まってきたインド人たちが、真昼間の灼熱の大地にひれ伏して、みんなその死んだ子供のためにお祈りをはじめたんです。
ひとりバカみたいに突っ立って警察はどこだ、病院はどこだ、救急車はって叫んだのは私だった。
私は祈りの言葉をひとつも知らないんです。その子のために祈ってやる言葉を。ただ社会機能として、病院は、警察は、救急車をといっているだけ。
いま、そこにひれ伏しているインド人より、私のほうが多少なりともお金があるのかもしれない。けれども私は、その死者のために祈る言葉を何も持っていない。
どちらが本当に幸せかといったら、それはインド人でしょう。他人のために祈ってやることができるという。

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